*

大橋巨泉の身長?病院?集中治療室!癌!徹子の部屋!現在?遺言!余命?死去?

 

大橋巨泉の身長?病院?集中治療室!癌!徹子の部屋!現在?遺言!余命?死去?

大橋巨泉さんの良く検索されているキーワード

身長病院集中治療室がん徹子の部屋

現在死去遺言余命安倍晋三首相、など

大橋巨泉さんについて調査しました。

画像引用元:http://www.bs-asahi.co.jp/documentary/prg_008.html

スポンサードリンク

 


 


 


 


 


 


スポンサードリンク

大橋巨泉さんの身長は?

大橋巨泉さんのWikipedia風プロフィールはこちら↓↓

本名:大橋克己(おおはし かつみ)

出身地:東京都墨田区出身(千葉育ち)

身長・体重: 178㎝・非公開

年齢:82歳(2016年現在)

生年月日:1934年3月22日

血液型:B型

高校:日本大学第一中学・高校卒業

大学:早稲田大学政治経済学部新聞学科中退

著名な家族:元妻はジャズ・ボーカリストのマーサー三宅

娘の大橋美香はジャズシンガー・chikaもジャズシンガー

(1956年~1964年)

現在の妻は、浅野順子(1969年~)元アイドル

実の弟は、大橋哲也は、事務所社長

孫の大谷瑠奈は子役タレント・姪には、大橋ひろみ

職業:元政治家・実業家・放送作家・評論家・馬主

 

大橋巨泉さんが病院の集中治療室!がん!徹子の部屋?現在?

2016年6月27日速報で現在、マルチタレントで元国会議員の

大橋巨泉さんの容態が悪化し集中治療室に入ったとの

事でした。

森繁久彌さんの後、芸能界の大ボスとも言われた大橋巨泉さん。

 

大橋巨泉さんは、2005年に胃がんが見つかり

同年6月に摘出手術をしています。

 

2013年には、中咽頭がんを発症し摘出手術をしています。

2014年には、リンパ腫になり放射線治療を行いました。

 

2015年には、肺がんになり5月18日に肺の三分の一を摘出します。

2015年10月14日、リンパ節の2か所に腫瘍が見つかり除去手術を

受けます。

 

その5日後に、なんと徹子の部屋にゲストとして出演の収録を

行っています。

 

2015年11月3日腸閉塞の疑いで入院し13日に退院し、27日に

再び入院、30日に開腹手術をし成功し12月9日退院。

 

2016年4月に容態が急変し一時期意識不明になった

そうです。

 

大橋巨泉さんが死去?遺言!余命は?安倍晋三首相とは?

大橋巨泉さんは、まだ死去されていません!

しかしもう余命が少ないことを悟ったのか、

このままでは、遺言として死んでも死にきれないと書いていたそうです。

 

大橋巨泉さんが、死んでも死にきれないと書いた内容とは、

安倍晋三首相の野望が恐ろしいもので、それを阻止したい

というものだったそうです。

 

安倍晋三首相の野望とはどんな内容なのでしょうか?

 

大物司会者の大橋巨泉氏が、一時意識不明状態に陥り、

5月下旬より集中治療室に入っているとの報道があった。

 

巨泉氏自身が、20年近く続けてきた「週刊現代」(講談社)

の連載コラム「今週の遺言」で、明らかにしたものだ。

 

巨泉氏は2005年に早期の胃がんが見つかったのを皮切りに、

13年には中咽頭がんが見つかり摘出手術。

 

また、14年にはリンパ節、15年には右肺、

16年には左鼻腔内にもがんが見つかるなど、

長らく闘病生活を続けてきた。

 

連載によると、3月半ば頃から体力の落ち込みがひどく、

4月には意識不明の状態に陥り、2週間ほど意識が戻らず、

5月からは集中治療室に入っていたというのである。

 

そのためこの「週現」の連載も、4月9日号を最後に

休載となっていたが、今週発売の7月9月号をもって

最終回とするという。

 

その最終回の原稿でも、

〈体力が戻ってこず衰えた〉

〈何時まで生きられるかわからない〉

 

〈老いた体をベッドに横たえ、たまに車椅子で

外に出れば直ぐに高熱を出す始末である〉

 

〈ボクにはこれ以上の体力も気力もありません〉

 

と、死をも意識する重篤な病状にあることを

繰り返し綴っている。

 

巨泉氏の豪放磊落なイメージからは想像できないほど、

深刻な状態にあるようだ。

 

この最終回の原稿も、妻と弟のサポートを受けて

何とか完成までもっていけたものだという。

 

その最終回の原稿の最後は、こんな文章で締められている。

 

〈今のボクにはこれ以上の体力も気力もありません。

だが今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずな事が

連日報道されている。

 

書きたい事や言いたい事は山ほどあるのだが、許して下さい。

 

しかしこのままでは死んでも死にきれないので、

最後の遺言として一つだけは書いておきたい。

 

安倍晋三の野望は恐ろしいものです。

 

選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。

7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです〉

 

「何時まで生きられるかわからない」

「ボクにはこれ以上の体力も気力もありません」

 

と死を意識する壮絶な状況のなか、

巨泉氏がまさに最後の力を振り絞って綴った、

「最後の遺言」。

 

それは、「改憲」を争点からひた隠しにして参院選を行い、

着実に日本を戦争へと向かわせている安倍政権への痛烈な批判だった。

 

巨泉氏の状況を思えばその言葉の重みもより増すが、

もちろん巨泉氏は突然こんなことを言い出したわけではない。

 

民主党議員だった2001年に、アメリカの同時多発テロを非難し

「アメリカを支持する」との表明に民主党でたった1人反対するなど、

巨泉氏は徹底して反戦を掲げ続けてきた。

 

安倍政権に対しても、第二次政権が発足した当初より、

安倍首相の危険性を訴え続けている。

 

「僕は、ポピュリズムの権化のような安倍首相を

まったく信用しない。(略)

 

本当にやりたいのは憲法改正であり、

日本を『戦争ができる国』に変えることでしょう。

 

実際、ニコニコして、口当たりの良いフレーズを

並べておきながら、国民の過半数が反対した

特定秘密保護法を強引に通してしまった。

 

法衣の下に鎧を隠しているような男の言動に

だまされてはいけません」(「日刊ゲンダイ」/2014年5月12日)

 

また、昨年4月19日には『爆笑問題の日曜サンデー』

(TBSラジオ)にゲスト出演し、安倍首相主催の

「桜を見る会」に言及。

 

自身も招待を受けていたがそれを断ったと告白して、

さらに、巨泉氏とは逆に出席する道を選んだ

太田光をこう批判している。

 

「お前利用されてるんだよ。今日のスポーツ紙に出てたよ。

『ああ、安倍さんって心の広い人だなあ』って(大衆に)

思われちゃうんだよ」

 

さらに同番組では、テレビ朝日とNHKが自民党に

呼び出された一件についても「とにかく、

 

自民党に呼ばれて行ったテレ朝とNHKはいかん。

なんで一政党に呼ばれて、言論の自由を守らなければいけない

放送局が出て行く?

 

これが陰ながらの圧力なんだ」「俺は戦いたい。(略)

言論の自由っていうのはね、命をかけて守るべきものなんだよ」と発言。

 

政権に忖度して自粛を繰り返すメディアの姿勢を痛烈に批判した。

 

また、同じく15年の「週刊朝日」(朝日新聞出版)9月18日号では、

1934年生まれで実際に先の戦争を見てきた自身の経験を踏まえ、

戦争がいかに人の命を軽んじるものであるかを痛切に訴えている。

 

〈何故戦争がいけないか。戦争が始まると、

すべての優先順位は無視され、戦争に勝つことが優先される。

 

昔から「人ひとり殺せば犯罪だけど、

戦争で何人も殺せば英雄になる」と言われてきた。
特に日本国は危ない。民主主義、個人主義の発達した欧米では、

戦争になっても生命の大事さは重視される。

 

捕虜になって生きて帰ると英雄と言われる。

日本では、捕虜になるくらいなら、自決しろと教わった。

 

いったん戦争になったら、日本では一般の人は、人間として扱われなくなる。

それなのに安倍政権は、この国を戦争のできる国にしようとしている。

(中略)
ボクらの世代は、辛うじて終戦で助かったが、

実は当時の政治家や軍部は、ボクら少年や、

母や姉らの女性たちまで動員しようとしていた。

 

11、12歳のボクらは実際に竹槍(たけやり)の

訓練をさせられた。

 

校庭にわら人形を立て、その胸に向かって

竹槍(単に竹の先を斜めに切ったもの)で刺すのである。

 

なかなかうまく行かないが、たまにうまく刺さって

「ドヤ顔」をしていると、教官に怒鳴られた。

 

「バカモン、刺したらすぐ引き抜かないと、

肉がしまって抜けなくなるぞ!」
どっちがバカモンだろう。上陸してくる米軍は、

近代兵器で武装している。竹槍が届く前に、射殺されている。

 

これは「狂気」どころか「バカ」であろう。

 

それでもこの愚行を本気で考え、本土決戦に備えていた

政治家や軍人がいたのである。

 

彼らの根底にあったのは、「生命の軽視」であったはずである〉

このように巨泉氏は、いかなる戦争も個人の尊厳を

 

破壊するものとして一貫して反対する姿勢を貫き、「

戦争のできる国」作りを画策する安倍政権に対し批判を続けてきた。

 

その姿勢は、病に倒れた後も決して変わることはなかったのだ。

 

大橋巨泉が集中治療室に入り、長らく続けられていた

「週刊現代」の連載が終了したことは各テレビ局でも

大きく報道された。

 

しかし、巨泉氏が最も伝えたかった〈安倍晋三の野望はおそろしい〉

〈選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい〉

というメッセージを放送した番組はひとつたりともなかった。

 

巨泉氏が危惧していたメディアの萎縮は残念なことに

ここでも起きてしまったのだ。

 

〈書きたい事や言いたい事は山ほどある〉

〈このままでは死んでも死にきれない〉

 

と自身でも綴っているように、現在の閉塞した言論状況にあって

巨泉氏は貴重なリベラル論客であり、まだまだ語ってほしいことが

たくさんある。

 

巨泉氏の「最後の遺言」を胸にきざむと同時に、

なんとか回復しまた舌鋒鋭い批判を繰り出してくれる日が

訪れることを祈りたい。

 

ここまでお読みくださり有難うございます。

1 >>次のページヘ

スポンサードリンク

まだまだ出てくるウラ話!

PAGE TOP ↑